若年性アルツハイマーと告げられて・・・。

2007年6月、父は57歳で認知症と診断されました。                        このブログは、そんな父と娘の勝手気ままな共同日記です。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

診察日2006年10月23日

診察の記録 2007/10/16 火
診察に行く数日前から、
父「もう検査結果も聞いたし、これからは診察してお薬もらうだけやから
  一緒についてこなくてええわ」

と、あまりついてきてほしくないオーラを出していましたが
私「病気の事が気になるし心配だから」
と言って、半分強引についていきました。

当日、診察室で
先生「調子はどうですか?」
父 「やっぱり物忘れがひどいです。
   なんていうか、丸ごと忘れてる事があります」
    ・・・・・・・少し沈黙・・・・・・・
父 「年のせいですかね?」
先生「病気のせいですね(即答)」


『丸ごと忘れてる事がある』
私は父の口から、こんな言葉が出ると思っていなかったのでスゴク驚きました。

そして診察の終わりにお薬の話になり
吐き気と下痢の副作用が少しでているが、今のところ我慢できる程度ということで
明日からはアリセプト5mgを飲む事になりました。


診察後、お昼ごはんを食べながら
私「丸ごと忘れてるってどういう事なん?」
父「こないだ来たお客さんの接客したのは、お父さんやって息子が言うんやけど、
  お父さんは覚えてないし思いだせんのや。今、考えてみてもわからんままや」
私「いつ頃から、そんなのなん?」
父「わからん。前はそんな事なかったのになぁ?・・」


そして帰りに
スーパーに寄って、父のお気に入りの「にぎり寿司」を買いながら
父「お父さんが、もしボケて寿司食べたいって言ったら
  この店の今日かった寿司を買ってきてな」
と言われて返答に困りました。

この件以外でも、やたら「もしボケたら?」という言い方をする事が
ふえてきて気になります。

スペクト検査の結果

診察の記録 2007/10/15 月
2006年10月2日、父と2人でスペクト検査の結果を聞きに行きました。
先生は「全体的にみると、比較的血流は保たれているが、
“後部帯状回”という部分に、多少血流低下がみられる」と言いました。
私が一番知りたかった「アルツハイマー病なのかちがうのか」の問いに対しては、
「黒でもなく白でもない、どちらかというと黒に近い灰色です」という答え方をしました。

その後の父の様子は、あまり病気の事を気にしてない感じに見えました。
私が気にならないのかと聞くと、「先生が1年後に、もう一度検査してみなければ
分からないと言ってるのだから、今気にしてもしょうがない」という返事でした。

稲刈り

娘の日記 2007/10/15 月
先週の週末に、夫の実家で稲刈りがありました。
夫は、金・土・日曜日と実家に帰って、稲刈りの手伝いをしたのですが、
私は土曜日バイトが入っていたので、日曜日だけお手伝いに行きました。
(手伝いといっても、力仕事は無理なのでお米が入った袋を閉めるくらいですが・・)

夫と結婚してから、毎年この時期には、
とれたての新米を父の所へ、持っていくようになりました。
私は結婚するまで、農家の新米は、食べた事がなかったのですが、
お米にツヤがあるし、モチモチしててすごくおいしいです。
父も、楽しみにしてくれている様で
普段よりもたくさんお米を食べてくれるので嬉しいです。

みんなが「おいしいおいしい」と言って食べてくれるので、夫も気分が良いらしく
「これからも毎年、お米持っていてあげないとな!」と言ってくれています。
こんな風に、みんなが気分よく、仲良く暮らせたらいいのになぁ・・とよく思います。

検査結果(2)

診察の記録 2007/10/13 土
当時はまだ、アルツハイマー病に関する知識は、ほとんど持っていませんでした。
父と弟は「アルツハイマー病」という言葉は、最近よく耳にするなぁというくらいで、
どのような病気なのかは知りませんでした。
私は、5、6年ほど前に、永作博美さん主演のドラマ
(若年性アルツハイマーになった女性のドラマ)をみていたので、
病気が進行すると、自分や家族のことが分からなくなるという程度は知っていました。
なので、その場にいた3人の中で、一番反応したのは私だったと思います。

私は、「もっと詳しい検査をすれば、アルツハイマーなのかどうか
ハッキリわかるんですか?」と聞きました。
先生は「基本的には、半年か1年後にもう一度MRIを撮って、
萎縮が進んでいないかどうか、画像を見比べて判断しますが、
もう少し詳しくわかる検査で、脳の血流低下を調べるスペクトという検査があります」と
言いました。
・・・そして、スペクト検査をお願いし、帰りに検査予約をして帰る事になりました。

最後に先生は、しばらく悩んだ後で
「仮にアルツハイマーじゃなかったとしても、飲んで害はないので・・」と言って、
明日からアリセプト3mgを服用することをすすめてきました。

検査結果(1)

診察の記録 2007/10/13 土
2006年9月、父と私と弟夫婦と1才の姪の5人で先日の検査結果を聞きに行きました。
イスに座って診察の順番待ちをしている時に、
父が「こないだのテストの時に覚えた文章、今でも言えるよ」と言って、
覚えた文章を口ずさんでいた姿が、今も強く印象に残っています。
しばらくして、父の順番がやってきて、父、私、弟の3人で診察室に入りました。
(義妹はタイミング悪く、姪が泣き出したので席を外しました)

先生は、まず最初に父に向かって
「こないだのテストの出来はどうでしたか?」と聞いてきました。
父は、自信ありげに「出来たと思います」と答えました。
すると先生は「じゃあ少し言いにくいですね・・・」とニガ笑いし、私たちの顔を見ながら
「アルツハイマー病の可能性があります・・・」と言い始めました。
続けて、MRIの画像を取り出し、
「海馬に(特に左側)萎縮がみられます。
あと側頭葉にもわずかですが萎縮がみられます」と言いました。
そして「今の段階では、他の大きな病院で検査したとしても、
わからない可能性が高いです。実際、他の病院で異常なしと言われた方が、
やっぱりおかしいと思って、当院に来られて、アルツハイマー病だと
診断されるケースも多いです」と言いました。

今にして思えば、先生の胸の内は、この時すでに
ほぼ間違いなくアルツハイマー病だと診断していたのではないでしょうか・・・。

父のブログ用ハンコ

娘の日記 2007/10/10 水
私の夫が、父のブログデビューの日の為に、「父のハンコ」を作ってくれました。
父は、昔から服装でも小物でもコダワリが強いところがあって、
時々、ものすごい要求をしてくる事があるのですが、
今回も「ブログを書いた後にポンッとハンコみたいなもの押せないのか」と
言ってきたので、その時は「多分ムリ!」と答えてました。

しかし・・その後、よく考えてみると作れそうではないですか・・・。
でも、私は画像の作成はニガテなほうなので
ダメ元で夫にお願いしてみたら、「じゃあ作ってみようか」と
引き受けてくれて、すぐに作ってくれました。

完成した「ハンコ」を父は、一目見て気に入ってくれたので良かったのですが、
画像を挿入する作業が難しくないのか・・少し気になります。
それにしてもお父さん、「自分のハンコ」だなんてよく思いついたなぁ。

ただいま・・・練習中

父の日記 2007/10/10 水
今日、娘が来てブログの仕方を、色々と教えてくれています。

日記なんか、小学生の頃に書かされて以来・・・何十年ぶりかな?

今後、私の気分のいい時、日記を書き込んでいきたいと思っています。  
            
                                            一味01

    

NHKのドラマ

娘の日記 2007/10/09 火
毎週土曜日の夜、NHKで海外の連続ドラマを放送していて、
私も父も韓国ドラマが好きなので、よく2人でドラマの内容の話をします。
先日、9月まで放送していた「春のワルツ」が終了し、
10月から新しいドラマ「北京バイオリン」がスタートしました。
第1話をみた感想は、私的にはイマイチだったので、
もしかしたら途中でみなくなる可能性もありますが・・。

アルツハイマー病(認知症)になると、
複雑なドラマの内容が理解できにくくなっていくようですが、
うちの父の場合も、気に入ったドラマをビデオに録画して、
後で何回か繰り返してみるようになりました。
なので以前に1度「なぜ同じドラマを2回、3回とみるの?」と父に聞きました。
父は「みるたびに違う意味に解釈できて、新たな発見があるから」と答えました。

初診

診察の記録 2007/10/07 日
2006年8月28日、大学病院の物忘れ外来を初めて受診しました。
前にも書きましたが、この日は父一人で病院に行ったので、
診察の内容は、帰宅後に父から聞いた話をまとめたものです。

まず最初に、女性の助手(?)の先生から問診を受け、
その後、簡単なテスト(MMSE)をしました。
テストの内容は、『今日の日付』や『今いる場所』
『はじめに3つの言葉を覚え、後でその言葉を答えるもの』
あと、あらかじめ用意されていた『短い文章を読むもの』などで、
父本人は「簡単だったしよく出来た」と言っていました。
(実際、テストの結果も29点で間違えたのは“今日の日付”だけでした)

その後、先生の診察を受け、アナログ時計の絵と図形の絵を描きました。
そして先生は帰り際に、「脳のMRI検査の予約をするように」と言い
「次回の検査結果の時は、一緒に生活をしている家族で来るように」と
言ったとの事でした。


診察を受けて数日後に、父から聞いた話によると、時計の絵を描いたときに、
自分の頭の中では、時計の数字の「9」が、左の真横の位置にくるということを
わかっているのに、なぜかその位置に「10」を書いてしまった。
時計を描き終わって、見直したときに「9」と「10」の位置がズレてることに気づいた。
先生に「時計だけでなく、他の事でも自分が頭で思っているのと、
実際の行動がちがう事がある」と伝えたらしい。

受診までの流れ

診察の記録 2007/10/05 金
2003年の夏、父の肺に「ガン」が見つかりました。
幸い、初期で発見する事ができたので、手術も無事成功し、
今の所、再発することなく生活していますが、
当時の精神的なストレスは、とても大きいものだったと思います。

「ガン」の手術をしてから約1年経ち、
一番最初に、父の「物忘れ」に気づいたのは義妹でした。
義妹は、2004年の秋頃から、
『最近、お義父さん物忘れ激しくなったなぁ』と言っていたのですが、
昔からの父を知っている私と弟は、『元々、忘れっぽい方やしなぁ・・・』と
あまり深く考えていませんでした。
その頃から、だんだんと父と弟のささいなケンカが増えてきて、
私も弟も『以前と比べると怒りっぽくなったな』と思うようになってきたのですが、
「ガン」という大きな病気を克服し、
多少性格がワガママになったのかなっと思っていました。

そして2006年、父のかかりつけの大学病院に「物忘れ外来」という科がある事を知り、
それならついでに一度、診てもらったらどうかと父に勧めました。
その時はまだ、”もしかしたら何かの病気かもしれない”という疑いは誰も持っておらず、
”診察を受けて異常がなければ安心できる”という気持ちでした。
なので、初めて物忘れ外来を受診する際も、父一人で行きました。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。