若年性アルツハイマーと告げられて・・・。

2007年6月、父は57歳で認知症と診断されました。                        このブログは、そんな父と娘の勝手気ままな共同日記です。

マメな父

娘の日記 2007/10/30 火
父は毎朝、血圧を計って記録をとっています。
(少し前までは夜も計ってましたが、最近は朝だけになりつつあります)

若い頃は、そうでもなかったらしいのですが
いつの頃からか(心房細動のあと?ガンが見つかる前くらい?)
高血圧になり、ひどい時には上が180〜190まで上がるようになりました。

それで、内科の先生に降圧剤の薬をだしてもらうようになりましたが、
薬で調整しても140〜170と少し高めで不安定な状態がずっと続いていました。

そんなこともあり、先生に
「毎朝、血圧を計るようにしてください」と言われ、毎日記録をとるようになりました。
以来、内科の先生の診察の際には必ず、“血圧を記録した紙”を提出しています。

こうして記録をとるようになって、4年ほど経ちますが
今まで一度も「めんどくさい」などとグチをこぼしたことはなく
毎日、欠かさずに記録していってる姿には、本当に感心します。
(そんな父のマメな努力のかいがあってか、
 今では血圧も落ち着き、110〜130あたりをキープしています)

最近では(アルツハイマー病と診断されて以来)
精神科の先生に伝えたいと思った出来事や症状なんかも
メモ書きするようになりました。
精神科の診察は、特に変わりがなければ、2ヶ月に1回のペースなので
メモをとっておかないと、伝えたいことを覚えていられません。
(もちろん、私も覚えられません!)

そして今は・・・
前回の診察(10月22日)の時に、睡眠薬の調整をすることになり
とりあえず2週間、様子をみるようにと先生から言われました。
すると父は、その日の夜から
『床についた時刻』 『朝起きた時刻』 そして 『夜中にトイレで起きた時刻』を
記録するようになりました。


学生時代、宿題はしないし学校はサボるしで、
いつも担任の先生に叱られてたはずの父が・・・
(祖母から聞いた話です)
なぜ、病院の先生に対しては、これほど熱心なのか不思議でなりません。


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最近の体調は

父の日記 2007/10/28 日
おクスリが、今のところ効いているようで助かっています。
夜中に、起きた時間とトイレ(回数)をメモって、今度、先生に報告・・・
・・・もっと私に合った最適のおクスリが無いか直訴。

外科からの連絡が(心電図・異常)無いから安心してます。
神経科の睡眠薬がよく効いて、眠気・立ちくらみも、まだ有りますが、
前々より、お目バッチリ・頭スッキリ・してます。
右手右足のしびれ・蝉の声も、車と同じで急に止まらないですね(笑)
でも、元気50倍!ただいま上昇中です。

突然ですが!あの日、医大の帰り娘と薬局へ睡眠薬を取りに行った時、
私:この薬は、よく聞くんですか?
女店員:はい、30分も有れば寝てしまいますよ。
私:。。。「・・・(頭の中)・ニタァ〜(今夜は楽しみやなぁ〜)ニコッー」
  

又、突然ですが!!(娘ブログにカキコしてと言ったが却下されたもんで)
娘:自分で書きィ〜〜はずかしいわ。
私:(お昼のランチ・吐き出せ!)・・ワシの(おごり)1.5倍食べて!
  

精神科先生と親子の声をICレコーダーで盗聴(ゴメン)
録音の許可をもらえば先生の冗談が消えそうなので・・・?
  
(会話は無修正です)
娘:二番・二番〜。(診察室の番号)
親子:ヨロシク〜お願い〜します。
<先生、いきなり!?>
先生:髪さっぱりしましたね!一味さん誰か似とると、いわれん?
  タレントの誰かに。
私:えぇっ。
娘:ふふん〜。。。
私:いやっ・・色々言われるんです。
先生:色々〜、例えば。
娘:言い出したら、きりないんちがん、ぅフフ・・・。
私:ここ最近では、アノ〜なにぃぃ・・・?
娘:だれぇ?
私:あの〜お前が、息子が〜いよった・何ゆん・あの〜??
娘:だれぇ〜??
私:あのぉ〜〜ォ〜・タッー!高田〜純次。
先生:高田純次。
娘:あぁ〜高田、純次。
私:アノォ〜あのぉ〜・あぉ、何ていゅうん・あのぉ〜。
娘:この前、自分でようけいよったやん。
私:いやちがうん・あのぉ〜・あのぉ〜何ていゅうん・あの人・まん丸のぉ〜
  あの人、おるねん、先生、頭ァ〜、ウッチャン・ナンチャンでなしに、
  なんちゅうんかなぁ〜。
先生:ふぅん〜?
私:まん丸で、よう、まん丸で。
娘:年いっとん。
私:年いとんで・あのぉ〜。
先生:なんに、出てくるん?
私:よおぅ・あの・おぉ・お笑いにしょるな・あのぉ〜。
先生:ふうん。
私:まん丸な人・おるねん!
娘:ねじた、ネクタイの人?
私:ちわう・ちわう・ちわう・ちわう、あのぉ・・・若い人で・・・。
娘:年、取った人いゅうたやん?
私:浜ちゃんの相棒やん!
先生:あっー!!
娘:あぁん〜。
先生:浜ちゃんの相棒・あのぉ〜ダウン・タウン。
娘:あはん、ダウン・タウンのやつやなぁ〜・・なんていゅん。
俺:何ていゅうん???
先生:誰ゃったかいなぁ〜。
私:知らん・あの人、何ていゅうねん。
先生:この前、映画作った人やろ〜・・・映画の監督した人やろぉー。
私:あぁぁ〜?・あの人。
娘:見た!
私:あぁぁ〜あの人にも、似とるいわれる・・色々言われる。
娘:松ちゃんゃ!
私:あぁ・松ちゃんゃ・・・。
先生:そぅか・・・ぅふぅふぅぅ・・はっはっはっ・・・。
  それで・どうですか・調子は?・・・・・・。

----------あとは身体の容態話しです。

先生の前では私、オドオドしてるから。
・・・自分で聞いてみて、(なんゃ〜???)
レコーダーは使い方、次第では便利な記憶装置やね。

肺が有るときは、カラオケ・スナックに行くと、上手・上手・似てる・似てると・・・
下手でも拍手喝采なので、・・・飲みすぎて二日〜三日酔いもありました。
でも、肺を無くしてからは、湯舟で口ずさむだけ・・・。
誰かに似てると言われたら、悪い気もしない俺だから・・・
寅さんに似てるよと言われても、「結構毛だらけ猫灰だらけ」です。

帰りのランチで(娘にエサ・与え)先生がお父さんの事(一味さんお洒落やね・タレント似とか)
言うのも、脳内治療の(患者をイイ気分に)一つかなぁ〜と、娘に言うと。
娘:そうやと思うょ〜・・・って。

自宅に帰って、先生の話しを息子と義娘に言うと、
義娘:うん・うん、似てる・松ちゃんに似てる・お父さん・似てるょ。
息子:俺は高田純次のほうが似てると思う・・・。

私は、とても・とても、いい気分になりました。

最後に、突然ですが!!!
わたしの家族構成。
息子・義娘・孫娘Uちゃん・孫娘Wちゃん・私の五人家族です。
息子は、私のパソコンの(怖い先生?)先輩で、今回のICレコーダー(オリンパス製)を
選んでくれました。
義娘は料理が抜群で、娘の旦那がホント・美味しいわ・・だから娘は汗(?)ってる。
お店の仕事も上手くって、槍でも鉄砲でも持って来いの、綺麗なユリ花のような人。
孫娘Uちゃんは可愛いおてんばで、亡き愛犬「ジュニア君(パグ犬)」の仏壇で、
お供え(水・パン・ちくわ)を時々、飲み食いして叱られ・・・その時は手も足も出ない状態です。
孫娘Wちゃんは木製オリの中で、可愛い紅葉の手を上げて大声で泣いていますが、
やがてオリを出て・・・でしょう。
私の性格は多少天然ボケで、ブログは、(ネズミ六匹で)チュウになりそうです(笑)

                                                  一味01                 



父の頭の中の記憶

娘の日記 2007/10/25 木
10月22日の病院の帰りの会話で

私「この病気は、少しずつ記憶がうすれていくから」
父「そうなのか?」
私「うん、最近の出来事なんかは、忘れやすくない?」
父「うん」
私「病気がもっと進行してくると、
  昔の思い出も印象がうすかった出来事から、忘れていったりするんや
  お父さんの人生で、印象が強かった出来事とかは、忘れにくいけどな」
父「おまえは昔のことってどれくらい覚えてるんや?」
私「え!!? (ど、どれくらいって・・・)
  う〜〜〜ん。キレイに全部は覚えてないけど、
  思いだそうとして考えてみると色々浮かんでくるわなぁ」
父「どれくらいの数覚えてるん?何個かってことはないんだろ?」
私「うん、それはそうやな」
父「う〜〜ん・・・。お父さん前よりも数が減ったように思うわ
  前はもっと色々思いだせてた気がする・・・」


そんな話をしながら、
ふと、韓国映画の題名「私の頭の中の消しゴム」という言葉を思い出し
今の父の頭の中の状態と、ほんとにピッタリ当てはまるんだなぁと思いました。

できる事なら、父の頭に残っている記憶を全てコピーして
私の頭の中に貼り付けられたらいいのになぁー・・。

まぁ、そんなのはムリなので・・・
せめて今、いっしょにしているブログにでも
父の人生で大きな出来事だとか子供時代の思い出や印象に残っている事とか
嬉しかったこと、悲しかったこと、腹が立ったこと
なんでもいいから書き残してほしいと思い、父に伝えました。

父は「そうだなぁ・・・、もしいつか忘れたとき、ブログに書いてあれば、
   後で読み直して思い出すこともできるのか」
と言い
少し考えてみるとの返事でした。


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新米

父の日記 2007/10/21 日
きよう、娘夫婦が新米を持って来てくれました。
娘のムコ殿には感謝感激! いつも有難うネ。
混ざり無しの、お米やから、ホントにおいしいです。
これで、家族五人が年明けまで、生きのびられました(笑)

今年は、よいタイミング(数日で米が無)で食べられます。
去年は(米を買った後)一ヶ月余りのお預け・・・ワンワン。

明日は娘と、医大へ行く日、私は、外科・内科・  
耳鼻咽喉科・精神神経科の四教科・・・受けてます。
今回は内科・精神神経科だけど、待ちくたびれての二ヶ月間でした。

最近、身体が下降気味で、内科せんせい・神経科せんせいに、
早く診てもらいたくって。

内科では、心房細動の後遺症(右手・右足)で、
最近、シビレも増し感覚も鈍くなり・・・。
でも今のところ車は運転できています。

精神科では、眠れないので深夜(睡眠薬)飲んでるけど、
熟睡不足で脳細胞も疲れたし、色々アドバイスも欲しいから。
診察結果によっては、久しぶりに耳鼻咽喉科(蝉の声で)へ。

                                        一味01

父の誕生日

娘の日記 2007/10/20 土
10月19日は父の58歳の誕生日でした。
そして!! 父のブログデビューの日でもありました。
父は自分の誕生日からブログを書き始めると決めていたようで、
前日の18日には、下書きの記事を書いて保存してあったのですが・・・
19日のお昼前に、ものすごくあわてた様子で電話してきて

父「今、お客さんの接客の空き時間で電話してるから、あまり時間ないんだけど
  ブログの日付が18日になってるのは、日付かえれないのか?」
私「かえれるよ」
父「どうやって?」
私「普通にマウスを日付のところにもっていって〜」
父「え?なにって!?」


ゆっくり落ち着いて聞けば、わかる話だけど
時間がないせいもあって、パニック手前の状態の父はあせるばかりで
スムーズにパソコンの操作が、できてない様子だったので

私「お父さん、今時間ないのなら、先にお客さんの方してきたら?
  で、その後また電話してきてよ。
  それに、ブログは、あわててする事ないのだし、また夜でもええのとちがう?」
父「じゃあええわ。もうお客さんのほう戻らないかんから切るぞ」


そして、一旦電話を切りました。
10分後・・・
父から再び電話があり(今度は、だいぶ落ち着いていたので)
日付と時間の変更の仕方を教え、無事に投稿することができました。

夜になり、改めて父に電話をしてお昼の話を持ち出したら
父「今日の昼までに、ブログをだそうと昨日から考えていた。
  なのに、今朝お客さんが急に来る事になって予定がくるったからあわてたんや」
私「それなら、ブログをだす時間を、夜に変更したらいいのでないの?」
父「だからそれは、昨日から、今日の午前中にと自分で決めていたからダメなんや!
  ずらしたくないんや!」
私「でも時間のないときにあわててやっても、覚えられないしパニックになるだけやで。
  そんな時は、深呼吸して落ち着いて考えないかんわ」
父「落ち着いて考えられん・・。
  それに夜にずらした方がいいって事は頭の中では分かってる。
  分かってるけどダメなんや。
  自分の予定通りに、物事が運ばなかったらイライラするんや!
  仮にもし、夜にずらしたら、イライラしながらお客さんに対応してしまうと思う」
 


これもきっと病気のせいなのでしょうね・・
父の頭の中で一旦、決めたり思い込んだりしたことは
後で変更が出来なくなってきているように思いました。

きようは

父の日記 2007/10/19 金
私の生まれた日なので、日記の書き始めに、決めていました。
ただ今、心臓、ドキ・ドキ、お口、パク・パク、酸欠状態です(笑)
肺ガンになる前には、病院から「一味さん」あと10年までに、
酸素ボンベが必要になりますよと、S病院から言われていました。
私の肺、残っているのは全部、肺気腫だから・・・納得してます。


3日前にICレコーダーが届きました。
最近、人との会話がなかなか覚えられず、有れば便利よいかなぁ〜と。
これで家族達から、会話の内容を聞かれても、速答?できます。

きょうも、私の蝉(耳鳴り)が、元気に鳴いています。

                                    一味01

                        


                                    
                                                                      

                              

                          
                       
  

アルマゲドン

娘の日記 2007/10/18 木
こないだの日曜洋画劇場は「アルマゲドン」でした。
実は「アルマゲドン」という言葉には、少し複雑な思いがあって、
つい4、5日前にも、弟と電話で昔話をしたところでした。

6、7年くらい(?)前の事ですが、
「アルマゲドン」をテレビで見た父が、私と弟に
「こないだの洋画のアルガメドン、あれおもしろかったな」と言ってきました。
私と弟は、すぐに父の言い間違いに気づき、おもしろくて笑い転げました。
本当なら、そこで「アルマゲドン」と訂正してあげるべきだったんでしょうが、
この時、私と弟は「うん。アルガメドンおもしろかったな〜」と
父の言葉に合わせてしまいました。

アルマゲドン以外にも、
『×アーモンドシュワルツネッガー→○アーノルドシュワルツネッガー』や
『×フランスパンハム→○フランスハムパン』など、いつからか分かりませんが、
ちょっとした言葉の言い間違いが時々ありましたが、
そんな性格(言葉を自分の言いやすいように言い換える)なんだと思い込んでいました。

が・・・最近になって、もしかしたらこうした言葉の言い間違いは
病気の前触れだったのかもしれないと思うようになりました。
そう思うようになってからは、あの時の事を悪かったと思い反省しています・・。
そんなわけで、「アルマゲドン」という言葉には、
父に対しておもしろかったという思いと、申し訳なかったという思いとがあります。

診察日2007年1月15日

診察の記録 2007/10/16 火
父と待合室でイスに座って診察の順番待ちをしていた時のこと。

2人で話をしていると、耳鼻科の方でお世話になっているM先生が
父と私の目の前を通り過ぎていきました。
その時、父は一瞬、M先生の方に気をとられたのですが

父「あぁぁ、今通っていったのM先生や」
私「そうやな〜」
父「・・・・・。ええと・・・、なんの話してたっけ??」


と、直前の会話が分からなくなってしまったらしく

父「最近、よくこんな事あるんや」
私「えっ、 どんな感じ?」
父「つい今、考えてた事が忘れてしまって思い出せなくなる」
私「少し考えてみても思い出せないん?」
父「思い出そうとしても思い出せんから、もう忘れたら忘れたで気にせんのや」
私「どんな時に、そんな風になるん?」
父「朝が多いな〜。いつも朝、目が覚めても20、30分くらい
  布団の中で目を閉じたまま、考え事するんやけど
  (例えば、あの株は昨日はこんなだったから今日はこうなるかなぁ、とか)
  フッと何を考えてたか分からんようになるんや。
  それが、どの株だったかなってのじゃなくて
  株の事を考えてた事自体が分からんようになってしまうんや」
私「どれくらいの間隔で?週1回くらい?」
父「もっとやなぁ。2〜3日に1回くらいか・・・」


私はついつい・・・父に病気の症状などを細かく聞いてしまいます。
聞いたところで、父の不安を解消してあげる事もできないのですが
それでも、今がどんな状態でどんな風に父が感じているのかを
知りたくて聞いてしまいます。
聞いて、そして私もショックを受け落ち込んでしまいます。(汗)
(この頃は、まだ父の些細な変化の1つ1つに、いちいち落ち込んでいました)


病院の帰り、今日も「これからはもう1人で来るから、ついてこなくていい」と言われました。
どうやら父は、周りの人の目が気になるようで
“自分は精神科に通っていて、1人じゃ来られないから娘が一緒についてきてる”と
思われるのが物凄くイヤな様子。
(父の通っている病院では、物忘れ外来は精神科での受診になるため
 待合室も精神科と同じ場所にあります)
「お父さん、1人で来れないんじゃないのに絵文字名を入力してください」とブツブツ文句を言っていた。


私からみた最近の父の様子

・アルツハイマー病の事は、あまり怖くないらしい。

・アルツハイマー病よりは、むしろ肺がんの再発を恐れている。
 理由は「アルツハイマーは死なないが、ガンは再発したら死ぬ確立が高いから」

・1年後の検査で、もしアルツハイマー病だと診断されたら告知を希望している。

・この頃は、弟と仕事の内容でよく口げんかになっていた。
 私からみると、父は弟に八つ当たりしている風にみえる時がある(父は否定しているが)

・機嫌がよくても、突然スイッチが入ったかのようにイライラしだす事が増えた。
 どういう状況でイライラしだすのか分からない。

・ちょっとしたミスが生じた時、誰も父のせいにするつもりはないのに
 「お父さん知らん!お父さん関係ない!」と自分のせいにされるのを避けようとする。


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診察日2006年11月20日

診察の記録 2007/10/16 火
先日の電話相談以来
父は、アリセプト5mgを半分に割って2、5mgで服用しています。
今後は、5mgを飲むつもりはなく、次回からは3mgを処方してもらう気らしい。

私は、できるなら多少ガマンしてでも5mgを飲んでほしいと思っていたので
私 「できたら、脳の為には5mg飲んだ方がええんやで」
と言ってみましたが
父 「あかん!!5mgだったら、もうお腹こわしっぱなしで仕事にもならんし
   四六時中トイレかけこまないかんから、イヤや!

と怒り口調で(本人は怒ってる気はないらしい)眉間にシワを寄せながら答えました。

そして診察室で
父 「やっぱりゲリがひどくて1日に何回もトイレにかけこんでる状態なので
   3mgに戻したいんですけど」
私 「でも先生、できれば本当は5mgの方がいいんですよね?」
先生「それはそうですけど。でもゲリがひどいのがお辛いんでしょ?」
父 「はい」
先生「じゃあ、3mgに戻しますね。ムリして飲んでも体によくありませんしね」


結果、5mg→3mgに薬を戻すことになりました。
私の中では、脳>ゲリ なのですが、父の中では、どうやら 脳<ゲリのようです。

それどころか、この頃はアルツハイマー病の事よりも
MRIの検査結果の際、先生に(オマケのように)軽く言われた
『副鼻腔炎』 の事を気にしており、この日も先生に副鼻腔炎の事を聞いていました。
そして、先生に耳鼻科の診察予約を急きょ取ってもらい
この後、耳鼻科にも診察に行く事になりました。


確かに今の時点では、アルツハイマー病だとハッキリ診断された訳ではないし
父の自覚症状といっても、少し物忘れがひどいくらいなのですが
いまいち病気に対して、興味がないというか無関心で軽く考えてる感じ・・・
まるで他人事のようにみえます。
父と私達家族とでは、病気に対する気持ちに、ものすごく温度差があるように感じます。

私は、父がアルツハイマー病の可能性があると言われてから
少しでも脳に良い事をしてもらいたくて
散歩や音読、日記、食生活の改善など勧めているのですが
父の反応は、いまいち乗り気じゃなく、めんどくさそうな態度をとっています。

先生からは
「本人にやる気がないのにムリにさせるのは、かえってストレスになりよくありません」
と言われたし
このまま、のんびりと様子をみているしかないんでしょうか・・・。



父から聞いた話や印象に残っている事

・ネットの本屋「アマゾン」で株の本を買いたいのだけど、やり方がわからない。
前は、自分で注文できてたのに、アマゾンの買い方が変わったみたいで(?)
ややこしくなっていてわからなくなった

・お米を4合炊く時、数を間違わないように何度も「1、2、3・・・」と
数えて確認していたので、聞いてみると「数がわからんようになるんや」と答えた。
時々、お米を戻してやり直す事もあるらしい。

・父がいつも好きで見ている韓国ドラマ「チャングムの誓い」の内容が
 後半部分、全く内容を覚えていない事があった。
 私が内容を教えてあげても思い出す気配なし。

・(弟の話だと)その日に接客したお客さんの事自体を覚えてない時が時々あるらしい。

・2、3ヶ月前くらいまでは、常にピリピリイライラしている風だったけど
 ここの所、アリセプトのおかげなのか? ピリピリ感が少し減った気がする。

電話相談 2006年10月27日

診察の記録 2007/10/16 火
前回の診察で、アリセプト3mg→5mgにかえてから、
薬の副作用が強くなり、吐き気と下痢がひどいらしい。
朝食後にアリセプトを飲んだ後、夕方頃までお腹の調子が悪く
一日に何度もトイレにかけこむ為、仕事にもならないらしい。

そして26日、ちょうど私が実家に帰ったときに
父「薬を半分に割って飲もうと思う。
  それと飲む時間も、朝ではなく寝る前にしようと思う」
と言い出した。
私「じゃあ一応、先生に電話して聞いてからにしたら?」と言うと
父は、しぶしぶ(?)病院に電話をかけた。

しかし!!!!!! この日、父の担当の先生はお休みの日でした・・・。
(これがきっかけで・・・)

私「じゃあ、また明日電話して聞いたら?」
父「もうええわ。一応、今日電話したんやし」
私「でも、今日電話して明日電話しなかったら、先生も何の用事だったんだろって思うよ」
父「もうええって!それに薬は勝手に半分にして飲んでも、かまわんのやけん」
 
  (少しピリピリした様子)
私「大丈夫だったとしても、先生に聞いてからのほうが安心できるやろ」
父「先生もいかんって言わんわ! 睡眠薬やってキツかったら半分に割って
  飲んでええんやけん。
  これ(アリセプト5mg)やって、半分に割って飲んだってかまわんわ。
  おまえ、これ常識やぞ!!!
 (自信満々な様子)
私「半分にしてかまわんかって事だけでなくて、
  飲む時間の事も聞かないかんのやし、自分で勝手に決めたらダメやわ」


こんなやりとりが続いていく内に、だんだんと父の顔つきが変わり
私も熱くなっていき、激しい口ゲンカになりましたが、
それでも私は、この件に関しては、ゆずるつもりがなかったので
何度も父を説得していると、最後は父が
父「もうええわ!!!5mgのまま飲むわ!!!!!と投げやりに言いました。

夜になって、弟が父に話を聞いてみると
どうやら父は、自分でもう一度、先生に電話するのがイヤだったらしい。
なので翌日、弟が先生に電話して
・薬を半分に減らしていいか  ・飲む時間は寝る前でいいか
の2つを聞く事になりました。


この所、父は結果的に自分の言った事が正解だった場合、
「ほらみてみろ!!!」とものすごい勢いで責めてくる。
なので、私は先生の返答次第では、ものすごく責められるんだろうな・・・と
内心かなりビビッてました。

そして27日、弟が病院に電話して
・薬は1錠→半錠 ・飲む時間は、朝食後→夕食後 に変更となりました。

幸いなことに
先生が「寝る前では、あまり意味がないので、せめて夕食後には飲むように」と
指示してくれたので、私は責められることはありませんでした。


今回、父は病院の先生に2度目の電話をする事を嫌がりましたが、
以前なら、何の問題なく電話してたはずです。

以前の父は、周囲の目を気にせず、相手が誰であろうが、
言いたい事、聞きたい事を、おかまいなしに何でもズバズバと
いうタイプの人でした。
(そのせいで、私と弟は、子供の頃、父と一緒にいて
 ずいぶんと恥ずかしい思いをしてきました。

それが・・・どんな風に考えて、電話をするのを嫌がったのか・・・
なぜ1回目はOKで2回目はダメなのか・・・
父の気持ちが、わからないし、考えられません。

診察日2006年10月23日

診察の記録 2007/10/16 火
診察に行く数日前から、
父「もう検査結果も聞いたし、これからは診察してお薬もらうだけやから
  一緒についてこなくてええわ」

と、あまりついてきてほしくないオーラを出していましたが
私「病気の事が気になるし心配だから」
と言って、半分強引についていきました。

当日、診察室で
先生「調子はどうですか?」
父 「やっぱり物忘れがひどいです。
   なんていうか、丸ごと忘れてる事があります」
    ・・・・・・・少し沈黙・・・・・・・
父 「年のせいですかね?」
先生「病気のせいですね(即答)」


『丸ごと忘れてる事がある』
私は父の口から、こんな言葉が出ると思っていなかったのでスゴク驚きました。

そして診察の終わりにお薬の話になり
吐き気と下痢の副作用が少しでているが、今のところ我慢できる程度ということで
明日からはアリセプト5mgを飲む事になりました。


診察後、お昼ごはんを食べながら
私「丸ごと忘れてるってどういう事なん?」
父「こないだ来たお客さんの接客したのは、お父さんやって息子が言うんやけど、
  お父さんは覚えてないし思いだせんのや。今、考えてみてもわからんままや」
私「いつ頃から、そんなのなん?」
父「わからん。前はそんな事なかったのになぁ〜・・」


そして帰りに
スーパーに寄って、父のお気に入りの「にぎり寿司」を買いながら
父「お父さんが、もしボケて寿司食べたいって言ったら
  この店の今日かった寿司を買ってきてな」
と言われて返答に困りました。

この件以外でも、やたら「もしボケたら〜」という言い方をする事が
ふえてきて気になります。

スペクト検査の結果

診察の記録 2007/10/15 月
2006年10月2日、父と2人でスペクト検査の結果を聞きに行きました。
先生は「全体的にみると、比較的血流は保たれているが、
“後部帯状回”という部分に、多少血流低下がみられる」と言いました。
私が一番知りたかった「アルツハイマー病なのかちがうのか」の問いに対しては、
「黒でもなく白でもない、どちらかというと黒に近い灰色です」という答え方をしました。

その後の父の様子は、あまり病気の事を気にしてない感じに見えました。
私が気にならないのかと聞くと、「先生が1年後に、もう一度検査してみなければ
分からないと言ってるのだから、今気にしてもしょうがない」という返事でした。

稲刈り

娘の日記 2007/10/15 月
先週の週末に、夫の実家で稲刈りがありました。
夫は、金・土・日曜日と実家に帰って、稲刈りの手伝いをしたのですが、
私は土曜日バイトが入っていたので、日曜日だけお手伝いに行きました。
(手伝いといっても、力仕事は無理なのでお米が入った袋を閉めるくらいですが・・)

夫と結婚してから、毎年この時期には、
とれたての新米を父の所へ、持っていくようになりました。
私は結婚するまで、農家の新米は、食べた事がなかったのですが、
お米にツヤがあるし、モチモチしててすごくおいしいです。
父も、楽しみにしてくれている様で
普段よりもたくさんお米を食べてくれるので嬉しいです。

みんなが「おいしいおいしい」と言って食べてくれるので、夫も気分が良いらしく
「これからも毎年、お米持っていてあげないとな!」と言ってくれています。
こんな風に、みんなが気分よく、仲良く暮らせたらいいのになぁ・・とよく思います。

検査結果(2)

診察の記録 2007/10/13 土
当時はまだ、アルツハイマー病に関する知識は、ほとんど持っていませんでした。
父と弟は「アルツハイマー病」という言葉は、最近よく耳にするなぁというくらいで、
どのような病気なのかは知りませんでした。
私は、5、6年ほど前に、永作博美さん主演のドラマ
(若年性アルツハイマーになった女性のドラマ)をみていたので、
病気が進行すると、自分や家族のことが分からなくなるという程度は知っていました。
なので、その場にいた3人の中で、一番反応したのは私だったと思います。

私は、「もっと詳しい検査をすれば、アルツハイマーなのかどうか
ハッキリわかるんですか?」と聞きました。
先生は「基本的には、半年か1年後にもう一度MRIを撮って、
萎縮が進んでいないかどうか、画像を見比べて判断しますが、
もう少し詳しくわかる検査で、脳の血流低下を調べるスペクトという検査があります」と
言いました。
・・・そして、スペクト検査をお願いし、帰りに検査予約をして帰る事になりました。

最後に先生は、しばらく悩んだ後で
「仮にアルツハイマーじゃなかったとしても、飲んで害はないので・・」と言って、
明日からアリセプト3mgを服用することをすすめてきました。

検査結果(1)

診察の記録 2007/10/13 土
2006年9月、父と私と弟夫婦と1才の姪の5人で先日の検査結果を聞きに行きました。
イスに座って診察の順番待ちをしている時に、
父が「こないだのテストの時に覚えた文章、今でも言えるよ」と言って、
覚えた文章を口ずさんでいた姿が、今も強く印象に残っています。
しばらくして、父の順番がやってきて、父、私、弟の3人で診察室に入りました。
(義妹はタイミング悪く、姪が泣き出したので席を外しました)

先生は、まず最初に父に向かって
「こないだのテストの出来はどうでしたか?」と聞いてきました。
父は、自信ありげに「出来たと思います」と答えました。
すると先生は「じゃあ少し言いにくいですね・・・」とニガ笑いし、私たちの顔を見ながら
「アルツハイマー病の可能性があります・・・」と言い始めました。
続けて、MRIの画像を取り出し、
「海馬に(特に左側)萎縮がみられます。
あと側頭葉にもわずかですが萎縮がみられます」と言いました。
そして「今の段階では、他の大きな病院で検査したとしても、
わからない可能性が高いです。実際、他の病院で異常なしと言われた方が、
やっぱりおかしいと思って、当院に来られて、アルツハイマー病だと
診断されるケースも多いです」と言いました。

今にして思えば、先生の胸の内は、この時すでに
ほぼ間違いなくアルツハイマー病だと診断していたのではないでしょうか・・・。

父のブログ用ハンコ

娘の日記 2007/10/10 水
私の夫が、父のブログデビューの日の為に、「父のハンコ」を作ってくれました。
父は、昔から服装でも小物でもコダワリが強いところがあって、
時々、ものすごい要求をしてくる事があるのですが、
今回も「ブログを書いた後にポンッとハンコみたいなもの押せないのか」と
言ってきたので、その時は「多分ムリ!」と答えてました。

しかし・・その後、よく考えてみると作れそうではないですか・・・。
でも、私は画像の作成はニガテなほうなので
ダメ元で夫にお願いしてみたら、「じゃあ作ってみようか」と
引き受けてくれて、すぐに作ってくれました。

完成した「ハンコ」を父は、一目見て気に入ってくれたので良かったのですが、
画像を挿入する作業が難しくないのか・・少し気になります。
それにしてもお父さん、「自分のハンコ」だなんてよく思いついたなぁ。

ただいま・・・練習中

父の日記 2007/10/10 水
今日、娘が来てブログの仕方を、色々と教えてくれています。

日記なんか、小学生の頃に書かされて以来・・・何十年ぶりかな〜

今後、私の気分のいい時、日記を書き込んでいきたいと思っています。  
            
                                            一味01

    

NHKのドラマ

娘の日記 2007/10/09 火
毎週土曜日の夜、NHKで海外の連続ドラマを放送していて、
私も父も韓国ドラマが好きなので、よく2人でドラマの内容の話をします。
先日、9月まで放送していた「春のワルツ」が終了し、
10月から新しいドラマ「北京バイオリン」がスタートしました。
第1話をみた感想は、私的にはイマイチだったので、
もしかしたら途中でみなくなる可能性もありますが・・。

アルツハイマー病(認知症)になると、
複雑なドラマの内容が理解できにくくなっていくようですが、
うちの父の場合も、気に入ったドラマをビデオに録画して、
後で何回か繰り返してみるようになりました。
なので以前に1度「なぜ同じドラマを2回、3回とみるの?」と父に聞きました。
父は「みるたびに違う意味に解釈できて、新たな発見があるから」と答えました。

初診

診察の記録 2007/10/07 日
2006年8月28日、大学病院の物忘れ外来を初めて受診しました。
前にも書きましたが、この日は父一人で病院に行ったので、
診察の内容は、帰宅後に父から聞いた話をまとめたものです。

まず最初に、女性の助手(?)の先生から問診を受け、
その後、簡単なテスト(MMSE)をしました。
テストの内容は、『今日の日付』や『今いる場所』
『はじめに3つの言葉を覚え、後でその言葉を答えるもの』
あと、あらかじめ用意されていた『短い文章を読むもの』などで、
父本人は「簡単だったしよく出来た」と言っていました。
(実際、テストの結果も29点で間違えたのは“今日の日付”だけでした)

その後、先生の診察を受け、アナログ時計の絵と図形の絵を描きました。
そして先生は帰り際に、「脳のMRI検査の予約をするように」と言い
「次回の検査結果の時は、一緒に生活をしている家族で来るように」と
言ったとの事でした。


診察を受けて数日後に、父から聞いた話によると、時計の絵を描いたときに、
自分の頭の中では、時計の数字の「9」が、左の真横の位置にくるということを
わかっているのに、なぜかその位置に「10」を書いてしまった。
時計を描き終わって、見直したときに「9」と「10」の位置がズレてることに気づいた。
先生に「時計だけでなく、他の事でも自分が頭で思っているのと、
実際の行動がちがう事がある」と伝えたらしい。

受診までの流れ

診察の記録 2007/10/05 金
2003年の夏、父の肺に「ガン」が見つかりました。
幸い、初期で発見する事ができたので、手術も無事成功し、
今の所、再発することなく生活していますが、
当時の精神的なストレスは、とても大きいものだったと思います。

「ガン」の手術をしてから約1年経ち、
一番最初に、父の「物忘れ」に気づいたのは義妹でした。
義妹は、2004年の秋頃から、
『最近、お義父さん物忘れ激しくなったなぁ』と言っていたのですが、
昔からの父を知っている私と弟は、『元々、忘れっぽい方やしなぁ・・・』と
あまり深く考えていませんでした。
その頃から、だんだんと父と弟のささいなケンカが増えてきて、
私も弟も『以前と比べると怒りっぽくなったな』と思うようになってきたのですが、
「ガン」という大きな病気を克服し、
多少性格がワガママになったのかなっと思っていました。

そして2006年、父のかかりつけの大学病院に「物忘れ外来」という科がある事を知り、
それならついでに一度、診てもらったらどうかと父に勧めました。
その時はまだ、”もしかしたら何かの病気かもしれない”という疑いは誰も持っておらず、
”診察を受けて異常がなければ安心できる”という気持ちでした。
なので、初めて物忘れ外来を受診する際も、父一人で行きました。

父の家族

娘の日記 2007/10/01 月
父には、私(姉)と弟の2人、子供がいますが、
父と母は、私が小学生の頃にリコンしたので、父一人で私達を育ててくれました。

現在は、私も弟も結婚しており、
父は今、弟夫婦と孫2人に囲まれて暮らしています。
私は、父の家から車で30分程はなれた所に住んでいて、
ひまな時には、ちょくちょく実家に顔を出しています。

実家は自営業なので、今も父は現役で仕事をしていますが
ここ最近、物忘れ以外にも、ちょっとした単純な仕事のミスが出てくるようになりました。