若年性アルツハイマーと告げられて・・・。

2007年6月、父は57歳で認知症と診断されました。                        このブログは、そんな父と娘の勝手気ままな共同日記です。

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病気の第一発見者は父本人

娘の日記 2008/03/30 日
父は今 『物忘れがひどいのは、病気のせいだから仕方ない』 と
割り切って前向きに生活していますが
そんな父も、物忘れの症状を、気にしていた時期がありました。

今から4年くらい前 (父が肺ガンで手術した後) のことです。
当時の会話を父は、覚えていないらしいのですが
私は父の言葉が気になったので、よく覚えています。


ある日、父が電話で
「お父さん最近、ボケてきてるんや」 
と少し気弱そうに言ってきました。

どうして、そう思うのか理由を尋ねると
「最近、物忘れがひどい。
 Y(弟)との口喧嘩の時、Yは言ったっていうけど、お父さんは言った覚えが全くない。
 話の内容が思い出せない。
 今回が初めてではなく、こんな事がよくある」

という内容の事を言いました。

私は
「誰でもケンカして頭に血がのぼったら、話の内容覚えてない事もあるよ」
と言って、その場は話を終わらせました。

後で、弟に父との喧嘩の話を聞くと
「確かにお父さんが言った言葉なのに。
 お父さんは、自分の都合悪くなると 『言ってない』 って、とぼけたふりして卑怯や!
 前はこんなんじゃなかったのに性格が変わった。
 ガンの手術してから甘えが出たんや」

という内容の事を言っていました。


父も弟も、真剣な様子で
私には、2人共ウソをついているようには思えませんでした。

この頃から、父と弟の口喧嘩が増えてきて
私はよく2人の喧嘩の仲裁に入るようになっていました。

『言った、言わない』 で、父とよく口論になっていた弟は
「お父さんの頭か自分の頭か、どっちかの頭がおかしいんや!」 
と何度か、私に言ってきました。


そしてその後・・・ 1ヶ月くらい経って、父が再び
「お父さん、もうボケてきてるんや」 と言ってきました。

その時、私は軽々しくボケたと口にする父に腹が立ち
「お父さんボケてないのに、そんな軽々しくボケたって言ったらダメや!
 自分でそんな風に思い込んだらダメや」
 
と怒りました。

すると、父も
 「そうやな。ボケてないのに、自分で思い込んだらダメやな」 
と自分に言い聞かせるように答えて
それ以来 “ボケてきた” と言う事はなくなりました。


どこで見たか忘れましたが
この病気の本当の第一発見者は、患者本人だと書かれた文章を読んだことがあります。

本当にその通りなんだ・・・と思いました。

あの頃、父は自分で 『物忘れがひどいな、何かおかしいな?』 と気づいて
私に素直に伝えてきたんだと思います。

私は、父がアルツハイマー病だと診断されてから
なぜあの時に気づいてあげれなかったんだと、後悔していました。

だけどある時、父の先生にその話をすると
「もし、その時に気づいて受診されていても
 アルツハイマー病だと診断されていない可能性が高いです」

と言われました。
先生は、半分気休めで言ってくれたのかもしれないけど、その言葉で少し楽になりました。


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サクラ開花

父の日記 2008/03/27 木
春?ですね、私は四季のなかでは、春が一番すきです。

春といえば桜、桜といえば、花見、花見といえば、お酒、
昔は、桜を眺めて、よく飲み過ぎました。

もともと、酒屋の家に生まれたのですが、
私の一族は、親・兄弟・親戚一同、お酒は好きでありません。
不思議に、私と息子の胃袋だけは、アルコールを好みます。

昔、仕事が休みの時には、決まって、
朝から夕方までビールを飲んで、
まだ、車で夜の酒場に飲みに出かけていました。

帰宅は、もう夜中ですが、その帰りを待っている
愛犬を散歩に連れて行き、帰りは私、千鳥足なので、
愛犬に連れて帰ってもらいました。(笑)


今、思えば酔って車の運転は、ぞっとしますが、
よく無事故で生きて来ました。

現在は飲酒運転はしていません。

今は、運転中の横には冷水のペットボトルを置いている私に、
人間、変われば変わるもんだと自分で自分を驚いています。

話しは変わって

先日、精神科のT先生に同じ病気の人との交流は
どう思いますかと言われて、

今の私は、自分ではまだまだ仕事もできるし
色々な人と会話もして楽しんでいるので
まだ、その気持ちが起きてきません。

いづれは、その気持ちが出てきたら、
また、真剣に考えて行きたいと思います。

                              一味01


若年認知症の番組をみて

娘の日記 2008/03/25 火
ある日突然…家族が認知症になった ?密着365日!若年性アルツハイマーと闘う?

この番組がきっかけとなり、また私は父に色々と質問してしまいました。

私 「いつか親しい人や子供の事、忘れてしまうのってどう思う?」
父 「病気のせいなんやし仕方ないって思ってるよ」


私 「忘れたくないとかって思わんの?」
父 「病気のせいなんやし。それに忘れてしまった時は、もう自分は分からんしな」

私 「例えば、お父さんが忘れてしまったら子供が悲しむだろうなとか思わんの?」
父 「どう悲しむんや?」
私 「そうやな?・・。お父さんから “あんた誰だったっけ?” て言われたら辛いかなとか」
父 「だいたい、そこまで考えんから分からんわ。
   今、おまえが聞いてくるから答えてるけど、何も聞かれんかったらそんな事
   いちいち考える事もない。早い話が、お父さんはクヨクヨしてないんや。
   人によっては、忘れてしまうんかな忘れたくないなって思う人もおるのかもしれんけど
   お父さんは、人がどう思うかなとかって思わんもん」

私 「じゃあ、こんな風に色々聞かれるんは迷惑?」
父 「いや別に。考えてない事は考えてないって答えるだけで
   聞かれた事について、後から考えてみたりする事もないから、それは何とも思わん」


私が思っている程も、父は物事を深く考えていない感じ。
物忘れがひどくなったとか、今まで出来てた事が出来なくなったとか
そんな症状を自覚しながらも 『病気のせいなんだから仕方ない』 と
割り切って生活していけてるのは、この病気の良さ?なのかもしれないと思いました。


番組放送後に

父 「新しい薬ってどんな薬や?」
私 「病気の進行を止める薬や」
父 「それが5年以内かぁ?。お父さんは3年以内にでると予想したけど?」
私 「そうやなー。新薬ができたらお父さん外国から取り寄せてでも飲むやろ?」
父 「うん飲む!」


そんな会話で盛り上がっていて
私 「“もしも” の話なんやけど、多分こんな事ないから心配ないけど
   先の事は何があるか分からんから、一応聞いておくけど
   新しい薬が出来た時に、もしお父さんが寝たきりに近い状態になってても
   お薬飲みたい?」
父 「その時はもう、薬飲まずにそのまま進行していって自然と死んだ方がええわ」
私 「そうなんや?」
父 「そこで進行が止まって長生きしたって、周りに迷惑かけるし。
   今日の番組でもやってたけど、自分で何も出来なくなってしまって
   何もかも誰かにしてもらうようになると、家族は大変そうだったやん」



最近、父は 「考えても思い浮かばん」 とよく言います。
自分からアレコレ深く考えたり想像したりする事がニガテになってきたのかもしれないけど
何か分かりやすいきっかけ (テレビの映像など) があると
思った事を色々と喋ります。(元々よく喋るタイプです 笑)
この時も、1時間くらい電話で話をしました。
父の口から、周りに迷惑かけるという言葉が出てきた事には、驚いたけど嬉しかったです。

私 「そうやな、大変やと思うわ。
   ちなみに、どれくらいの状態になると薬は飲ませないでほしいん?」
父 「歩けん状態やな。食事、風呂、トイレが1人で、できんようになったらやな。
   この内の全部ができんようになったらやぞ。
   例えば、トイレは1人でできんけど、食事は1人で食べれたら話は別や」
私 「分かったわ。その言葉よく覚えておくし、またY(弟)にも言っておくわ。
   お父さんも、こんな先の事とかを、もし書く気があるなら紙にでも書いておいてよ?」
父 「あぁ?、そうやなぁ?。
   あそこのおやっさん 『薬飲みたい飲ませてくれ』 って、みんなに言ってたのに
   娘は飲まさんかったって言われても困るやろしな(笑)」
私 「ほんまやわ!(笑) その時に 『父が飲まさんといてって言ってたんです』
   って言っても、みんな信じてくれんやろ!(笑)」
父 「そらそうや(笑)」


あと数年・・・新薬ができるまで、なんとかあまり進行せずにいてほしい。


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とっさに行動できない

娘の日記 2008/03/23 日
父の通っている病院では、診察券を受付機に入れて受付の手続きをします。

先日の病院の時、2人で話をしながら受付の手続きをしたので
父はうっかり診察券を取り忘れ、私も気づきませんでした。
そして、診察券がない事に気づかないまま、精神科の受付に行き
(各科の受付でも診察券が必要になるので) 
そこで、やっと診察券がないことに気づきました。

父 「診察券がない」
上着のポケットやらバックの中やらゴソゴソと探しはじめました。

私 「え?どこにもないん?」
父 「うん、ない」
私 「受付の機械から取り忘れたんかな」
父 「先に行って見てくれ」

と言ったまま、父はバックの中を探していて、なかなか動こうとしません。
仕方なく、私は1人で先に歩き始めると、少し間があいて父も後ろからきました。

受付機の前まで戻り
父 「ないか?」
私 「ないな」
父 「あああ・・・ないなぁ・・・」

そう言って、父は受付機を見たまま立ち尽くしていました。

父がどんな行動をとるのか、一呼吸おきながら少し様子を見ていましたが
何も言い出さないし、動き出す様子もなかったので
私はカウンターの方に行き、窓口の人に診察券を紛失したことを伝えました。

紛失した診察券の持ち主の名前と生年月日を聞かれたので
後ろを振り向きましたが、父は私の側にはいません。
いったいどこにいるんだろう?と、父の姿を探すと
遠く離れた所で・・・こちらをチラチラ見ながら、ウロウロと歩いていました。

診察券は、どこかの親切な方が届けてくれてたようで見つかりました。

以前と違うところ・・・
元々の父は、とっさの判断力が優れていて
人よりも先に、テキパキと素早く行動する人でした。
そんな父からみると、私はのんびりしていて頼りない存在なので
よく父に 「もっとパッパッと行動せなダメや」 と叱られていました。

だけどこの時の父は、
私に全てを任せるかのように、後ろに回ってゆっくりと歩いていました。


その後・・・ 精神科のほうに戻りながら (怒った口調ではなかったけれど)
父 「おまえは付き添いなんやから
   お父さんが診察券取り忘れてたら、ちゃんと見ててくれないかんわ」


(自分が取り忘れるのは仕方ない。見てなかったおまえのミスや。とでも言いたいのか?)

私 「そんな・・・ずっとも見ておれんよ」
父 「ところどころ、大事な所を見てたらええんや」
私 「誰だったって、こんなうっかりミスはあるよ
   でも何かが起きた時、きちんと対処できたら、それでええやん」


なぜ単純に 『診察券が見つかって良かった』 とならないんだろう。

この病気になって父はやたら、人のせいにすることが増えました。
それは、自己防衛の表れなのかもしれないけど。

だけどそのせいで、私や弟はミスしたらどうしよう・・とドキドキビクビクするようになり
最近は、父に怒鳴られると動悸が激しくなります。
本音を吐くと、私も弟も責める気はないんだから、お父さんも責めないでほしい。


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診察日2008年3月17日

診察の記録 2008/03/20 木
前に病院から
若年性認知症に関するアンケートや資料などが入った封筒を頂いていました。
そしてこの日、父と私はアンケート用紙を先生に渡そうと持ってきていました。

駐車場から病院までの距離を歩きながら

私 「お父さん、アンケートの紙持ってきた?」
父 「持ってきたよ、ややこしそうやったから何も書いてないけど。
   今日、先生に聞いて書いたら、ええやろ?」
私 「わざわざ、先生の前で書く必要もないんやし、診察の待ち時間で書いたら?」
父 「おまえ、書いてきてるん?」
私 「書いてるよ」
父 「書いてどうしたらええんや?」
私 「先生に渡すんや」
父 「えええ?先生に渡すので、かまわんのか?」
私 「そうや、先生に渡すしかないやろ」


父は、何が納得できていないのか???
『書いた紙をどうするのか?』 という事をしきりに聞いてきました。
そんなやりとりが、何回か繰り返された末に

父 「さっきから、その事を聞いてたのに!
私 「だから、さっきから何回も、そう言ってたやろ!


同じ質問を何回もしてくるのは、仕方がないと思っていますが
こんな風な言い方をされてしまうと、私もとっさに反応してしまいます。

だけど、この時の会話は、後から考えると上手くかみあっていなかったように思います。
(それもそのはず・・・)

精神科の待合室に着いてイスに腰掛け、持ってきた紙をお互いに取り出すと
父が持ってきた用紙は、『アンケート』 と書かれた紙ではなく
同封されていた、別の 『申し込み用紙』 と書かれた紙の方でした。

私 「あれ?その紙じゃないよ」

と言うと、父は私の持っている紙と自分の持っている紙を見比べて

父 「お父さんの封筒には、そんな紙入ってなかった」
私 「そんな事ないやろ?」
父 「いや、昨日ちゃんと確認したけど、そんな紙見たことない。今初めて見た」
私 「じゃあ、お父さんの封筒にだけ入ってないってことなん?」
父 「うん、入れ忘れたんやろ」


全く可能性がないとは言い切れないけど・・・

父 「あああ?!そういえば、別の紙の方が2枚入ってわ。やっぱ間違えたんやな」

そんな都合よく・・・と思ったけど
本人がそう言っている以上、もうこれ以上言っても意味がないので

私 「お父さん!先生の反応がみてみたいから
   先生にもお父さんのだけ入ってなかったって言ってみてよ!」


と言って話は終わりました。

そして父の順番がきました。

私 「アンケートの紙持ってきました。私の分です」
父 「先生、私の方には、その紙入ってませんでした。
   娘は 『そんなことないやろ、お父さんの方も入ってたやろ』 て言うんですけど」
先 「そうですか?、こちらが入れ忘れたんですね。申し訳ありませんでした」
父 「いえいえ、もしかしたら家にあるかもしれないんで、また確認してみます」


つい数分前まで、私に言ってた言葉と全くちがう・・・。
私は思わず (冗談ぽく、だけど内心は本気です)

私 「お父さん、さっきまでお父さんのだけ入れ忘れられたんやって言ってたのに
   そう言うたらええやん?(笑)」
父 「ええええ?(笑)」
  と笑っていました。

父の反応は・・・ 少し予想外でしたが
先生は、私が予想していた以上に丁寧な反応でした。


話がかわって

先 「一味さんは、同じ病気の人達と交流を持たれることに興味はないですか?」
父 「今のところは、仕事しているので・・・休みが少ないからそんな時間もないですし
   それに、仕事で色々なお客さんと話したりもしてますし・・・
   まぁいつか仕事ができなくなったら、娘が連れてってあげるわって言ってるので
   その時になったら、また考えようとは思いますけど・・・」
先 「あまり自分と同じ病気の方には会いたくないですかね?」
父 「う??ん、会って何をするのか・・・(苦笑)」
先 「一味さんが普段、不安に思ってる事や困ってる事などは
   やはり、同じ病気の人が一番分かってくれますよね。
   それを誰かと話合ったり、交流を持つという事も大切な事だと思いますよ」
父 「はぁ?、そうですか」


父はあまり興味がなさそう。
こないだも 「お父さんはまだ病気が進んでないから!」 と言ってたので
若年性認知症の集いなどには、行く気ないだろう。


私 「私の方は興味はあるんですけど、でも参加されるご家族の方っていうのは
   若年性の場合、配偶者の方が多いような気がして・・・」
先 「それはそうですね。ほとんどが配偶者の方になりますね」
私 「自分と同じ子供という立場の方もいらっしゃればいいな?と思うんですけど」
先 「私の患者さんの中には、今の所いらっしゃいませんね」
私 「やっぱりそうですか。うちは、母親がいないんで
   私達子供が父にとって一番身近な人間になるんですけど
   子供が直接、面倒をみるって立場の人は、なかなかいないんでしょうね」
先 「全くいないことはないと思いますが
   だいたいの家庭はご夫婦そろっているので、確かに少ないとは思います。
   配偶者と、子供という立場では感じ方や問題点など
   違う部分は多いとは思いますが、でも共通する部分もあると思いますし
   なにより、同じ思いを共有するということに意味があると思いますよ」
私 「一応興味はあるんで、参加するしないは分かりませんが
   何か情報が、ありましたら教えていただけますか?」
先 「わかりました」


配偶者だろうが、子供だろうが、同じ病気で同じ思いをしている人達が集まって
交流を持つってだけで十分なんだけど
私の親世代の方たちの中に、ポツリと入っていくのは、ちょっと勇気がいります・・・。


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発想の違い

娘の日記 2008/03/17 月
昨日は、父と夫と私の3人で外出していました。

お昼12:30頃、定食屋さんに入りましたが
結構、混雑していたので、注文してから料理がくるまでに少し時間がかかりました。

10分・・・ 15分・・・ と時間が経っていき
私は、いつ父が怒り出さないか気になりはじめて、父の顔色を伺っていました。

夫 「ちょっと遅いですね?」
父 「そうやな?」
私 「お父さん、そろそろ怒り出すんちがうん?(ドキドキ)」
父 「いや?、忘れてるんちゃうかなって思って」
夫 「わはは?!お義父さん、それはないですよ。大丈夫です!忘れてませんよ!」


どうやら、夫は父が冗談で言っていると思っている。

でも・・・私には分かる。
父は半分本気半分冗談・・・ いや・・・それ以上かな・・・。 7、8割本気で言っている!

だんだんと父の目つきが変わってきてるし・・・
でもかろうじて、落ち着いて座っていたのは、夫が一緒にいたおかげかな。
私と2人だったら、ピリピリイライラして、眉間はシワだらけ
料理が遅いことばかりが気になって、会話にもならない状態だっただろう。


父は、周囲の様子や相手の対応にスゴク敏感になった。

食事がなかなか運ばれてこないと
『混んでるから忙しいんだろうけど、でも遅いな』 などとは思わないようで
『忘れられてる』 という発想につながります。

その後、食事がきた後も
『忙しかったから時間かかったんやな』 ではなく
『忘れてたから、あわてて作ったんやな』 となります。

父といると、顔つきが変わらないか、いつも気になってヒヤヒヤします。汗3


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夫に感謝

娘の日記 2008/03/13 木
私は、夫によく父の話をします。
『今日は病院だった。こんな様子だった』  『電話で、こんな事言ってた』 とか
驚いたこと、嬉しかったこと、かわいそうに思ったこと、腹立ったことなど
結構なんでも喋ります。

私がしばらくの間、父の話をしないと
夫の方から 「お義父さん、最近どうなん?」 などと聞いてくれたりもします。

以前は、私が何か言うと
「自分ならこうする」 とか 「こんな風にすべきだったな」 「それは言ったらダメやろ」 
とか、意見を言ってきて
私は私で 「そんなん言うても、ムリなんやって!」 などと反抗したりして
ケンカになる事が、よくありました。

でも、ある日のケンカのとき
夫 「結局、オレが意見を言っても聞かないくせに、なんて言ってほしいんや?
私 「黙って 『うんうん』 って話聞いてくれるだけでええんや!


それ以来、その通りにしてくれるようになりました。

夫の 『話を聞き流す術』 は、とても上手です。

私の様子がおかしかったり、沈んだりしてると
「どしたん?何かあったん?」 と聞いてきて、喋らそうとしてくれる割には
話は、半分聞いて半分聞き流してるという感じです。(笑)

でも決して、話を聞いてないわけではなく (?) 
大事な部分は、しっかり押さえているようで
ココは返事が欲しいな!というところでは、きちんと答えてくれるし
状況によっては、意見も言ってくれます。


私がグチりすぎて、夫のストレスがたまらないか心配ですが
夫が話を聞いてくれるおかげで、私はだいぶ気持ちがスッキリしています。

聞いてほしい時に、思う存分、私のグチを聞いてくれる夫に感謝しなくては。


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道路工事

父の日記 2008/03/11 火
先日、私の家の前の街道筋が前々から痛んでいたので、

工事区間、約270mの道路工事をしました。

乗用車はもちろん、大型トラックの通り道なので、道路はかなり傷んでいたので、

家も店も震度2ぐらいの揺れはいつも身体に感じていました。

今回の工事では表面の舗装だけでなく、痛んでいる3ヵ所(1ヶ所は我が店の前)は

いろんな重機が来て掘り起こしてセメント・砂利を入れ混ぜてから、

その上を大型のローラで何回も押し付けて最後に表面の舗装を

していましたので出来上がりは大型トラックが走っても震度0になりました。

これまでは、耳鳴りと振動で眠れないのを睡眠薬で寝ていましたが

半分は解消されたので、もっとよく眠れそうなので、

こらからは、夜の寝付き夢も、静かに見れます。

でも、私の睡眠薬は凄く効くので5分?10分までの夢ですが。

                                          一味01

自信満々な父

娘の日記 2008/03/09 日
先日、ちょっとした知り合いのところに
ある書類を渡そうと、父と2人で行ったのですが・・・

前日の話では、父が書類を手に持ち、渡すことになっていました。
が・・・ 当日、その知り合いに会う直前になって・・・突然!

父 「やっぱ、おまえが持ってたほうがええやろ。
   帰り際になったら、お父さんがおまえから受け取って渡すから」
私 「え?なんで急に・・・」
父 「半年前に渡したときは、どっちが持ってた?」
私 「さぁー、半年も前のことハッキリ覚えてないわ」
父 「あの時は、おまえが持ってた」
私 「なんで、そんなハッキリ言い切れるんよ?」
父 「いやぁ?、お前が持ってた。お父さん覚えとる」


私は少しムキになって
私 「また、前みたいに自分勝手に思い込んでるんじゃないん?」
と言ったけれど
父 「そんなことない」
絶対間違いないと自信ありげな顔をして、譲る気配はありません。

結局、私は納得いかないまま、その書類を持っておくことになりました。

思い通りになって満足の父は
父 「目立たないように持っとけよ(笑)」
対する私は
私 「そんなんムリや怒


なんだろう・・・
私からみると、自分の都合のいいように話を作ってでも
人に押しつけようとしている風に思ってしまいます。

きっとこれも病気のせいなんだろうけど・・・

別に、どっちが書類を持っていても、たいしたことじゃないんだけど・・・


以前にも、似たような事がありました。
亡き愛犬の血統書をどっちが持っているかという話ですが
父の中では、今でも私が持っている事になっています。

その時も
私 「探してもなかったから、お父さんもまた探してみて」 と言うと
最終的には
父 「おまえがバックに入れて持って帰る場面を覚えてる」 と言いました。
それは違うと強く否定すると
父 「お父さんは知らん。もう血統書は見つからんと思っておけ」
と不機嫌に投げやりに言いました。

父は探すつもりはないようなので、結局どちらが持っているか今もわからないままですが。


父は、物忘れや記憶力の低下を、自分で自覚しているはず(?)なのに
なぜ、こういう時は、自信満々に言い切るんだろうか。

夫 「たいした内容じゃない時は、話を聞きて受け流すようにすれば?」
弟 「おまえは、その程度でムキになってるんか!それくらい小さなもんや・・」

と言いますが。

父も 『どっちだったかな?』 と決めつけないでくれるのなら、まだしも
強引に、自分の思ったことを、押し通してくるので
納得できない私は、聞き流す事ができず
上から、押さえつけられてるような感じがあったり
なんとなくモヤモヤが残ったりで、引きずってしまいます。

記憶の錯誤? 作話? 決めつけ妄想?
なんだかよく分からないけど、私には結構キツイな。


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診察日2008年3月3日

診察の記録 2008/03/06 木
いつものように、先生に 「調子はどうですか?」 と言われて
父は、最近の出来事を報告しました。

(その1)
1人でガソリンスタンド(セルフ)に行き、自分でガソリンを入れようとしたけれど
上手く操作ができなくて、結局店員を呼んだ。
前もって、Y(弟)と一緒に行って、操作を細かく教えてもらってたので
大丈夫だと思ったのだが・・。

(その2)
文房具店で支払いを済ませたときに、店員が何か言ってきたけれど
何を言っているのかよく分からなかった。
でも、分かったふりをして 「はい」 と返事をした。
(今だに、何を言っていたのか分からない)

(その3)
スーパーのレジで、お金を払ってレシートを受け取るときに
店員が 「サービスがなんたら?」 と言ってきた。
(その店では、レシートと引き換えに 『くじ引き』 をしていることがよくあるので) 
また、くじ引きをしているんだろうと思い、くじ引き場所に行ってみたが
何もしてなくて、話を聞き間違えたんだなと自分で分かった。
結局、店員は何を言っていたんだろうと思ったけど
わざわざ戻って聞き返しても、意味が分からないと恥ずかしいので
そのまま帰ってしまった。

という内容の事を伝えました。

そして
父 「レジの店員は2人とも普通に喋ってると思うんですけど
   でも私には早口に聞こえるから、意味が分からないんだと思うんです。
   多分、私の頭が、意味を理解できてないから早く感じるんです。
   いくらなんでも、早口で喋る店員ばかりもいないと思いますし」
先 「うん、うん」
父 「お客さんとの会話でも、何を言ったか分からんけど
   適当にごまかして返事することが、ふえてきてる感じがします。
   病気のせいなのでと、納得はしてるんですけどね」
先 「なかなか、辛いことですね」
父 「いえ、先生。私は、これはこれで半分あきらめてるんです。
   元々、性格的に考えてクヨクヨしないタチなもので」


私は、父がどんな顔をして、喋ってるんだろうと思い
横目でチラッと父の方をみてみると、すごくニコニコした顔していたので、思わず

私 「お父さん!えらい嬉しそうな顔して言うんやな」
父 「ええ?、嬉しそうか?(笑)」


すると、先生までニコニコしながら
先 「いやぁ?、一味さんには感心しますね。本当に頭が下がる思いです。
   一味さんは、20年間、私が担当してきた若年性認知症の患者さんの中で
   最も優等生ですね。
   自分の状態をよく分析されているし、自分なりに障害を乗り越えようと
   努力されてるし、スバラシイです」


先生の言葉を聞いて、またまた父は、嬉しそうな顔に。

父 「前に先生が、自分で出来る事は自分でしないとダメやって言ってくれたので
   横着しないで、できる内はやらなきゃいけないなと思いまして。
   いずれは、できなくなるかもしれないけど
   その時は、病気が進んだってことやなと分かるかなと思って・・・」
先 「結構なことです、よく頑張っておられますね」



次に、私から先生に質問です。
私 「先生は、父の事を優等生だとおっしゃて下さいますが
   それは父のこういった性格のおかげなんでしょうか?」
先 「性格は大きな理由の1つですが、もう1つ重要なのは
   ご本人が自分の病気をかなり詳しく分析しているという事ですね」


なぜ、父は自分の病気を詳しく分析できるんだろう。
それは最近、私が気になっていた事でした。

私 「脳の障害を受ける部分は、人によって違うんですか?」
先 「そうですね、人によってアルツハイマー病の病気の変化おこっている場所が
   一部だけの場合もあれば、そうじゃない場合もありますし、人それぞれですね」


先生は以前から、父の事を 『病気を自覚できている』 と言います。
アルツハイマー病の場合、一般的には病気に対する自覚が薄れてくるといわれてるけど
今もある程度、自覚をもっている父は
脳のそういった機能の障害が軽いということなのかな!?


先  「先程、一味さんは 『店員が喋った言葉が分からなくて自分でどう思った』
   という話をされましたが、ご本人の口からそんな話をするのを
   私は初めて聞きました。
   これほど、自分の事を細かく分析して、話ができる人って
   ほとんどいませんので・・・ 凄いことです」

と言いました。

冷静に考えると、自覚があるっていうのは、ある意味・・・ 恐ろしい事だと思うのだけど
父の場合、自覚しながらも、楽天的な性格だから良いのかな。

その日の夜、夫にこの話をすると
夫 「やっぱお義父さん、悪運が強いんやな?」 と言っていました。


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