若年性アルツハイマーと告げられて・・・。

2007年6月、父は57歳で認知症と診断されました。                        このブログは、そんな父と娘の勝手気ままな共同日記です。

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旅行の5日目

父の日記 2008/08/29 金
5月22日、皆で朝の朝食を済ませて部屋にもどり
私は1人で昨夜の気持ち良かった露天風呂に
入って、朝風呂も、とても気持ち良かったです。

部屋に戻り、なんかヘンやなっと思いながら
あっ、脱衣場にメガネを忘れて来ているのが分かり
いつも、メガネだけは忘れもしないのに今日は
朝から露天風呂に入って、露天風呂の綺麗で
美しさと、いい湯加減で頭がポーとしていました。

出発まで時間があるので宝山荘から歩いて数分の
ところに、「蛍の湯」と言う足の湯があるのでそこで
私と息子夫婦と二人の孫と5人でいって湯に浸かりました。

直ぐ横には川があり、この川が浅瀬で周りの景色といい
また水の流れもキレイかったです

娘は旦那と二人で他の方へ散歩に行きました。
ある程度の時間、周りの景色を見てブラブラと歩いて
宝山荘に帰り、出発の準備を済ませて
玄関先で女将さんに宝山荘をバックに写真を撮ってもらってから
新穂高ロープウェイーに向かいました。

穂高岳には息子夫婦は前に来た時に展望台に行ったし、孫もまだ小さいので
ここで(大きなお土産売り場)でブラブラして待っていると言ったので、
私と娘夫婦の3人でロープウェイで頂上まで行きました。

頂上まで行くのには第一ロープウェイに乗って、また降りて
第二ロープウェイに乗りて頂上までで、第一までで止める人もいます。
山頂にはまだ雪が沢山有り、展望台からは見渡すかぎりの
美しい山々が並んでいて、また峰には雪が付いていて
最高の景色でした。

展望台では観光客に写真を撮って上げて、ついでに客の
写真を撮って売る人達もいて、私達三人も撮ってもらいました。
私は別に買う気はなかったのですが娘婿のMちゃんが
展望台から帰りに私達の写真も飾って有るので見ていたら
娘婿:お父さん、これ僕が買います。
私:えぇ。
娘婿:これは、今まで撮られて売っていた写真と違って
   枠も有り、綺麗だしお父さんのも僕が買います。
私:Mちゃん悪いな。

と、言って買ってもらいました。

そして展望台の屋上のお土産売り場を少し見て携帯ストラップが目にとまり
見ていると娘が。
娘:お父さん、それ病気のお守りやから買ってあげるわ。
私:おぉ?。

健康ストラップを娘に買ってもらいました。

登って来る時のゴンドラは大勢の人達で乗れない人も一杯いてましたが、
帰りのゴンドラは大違いでガラガラでゆったりと座れました。

下では息子夫婦を少し探して、みんな集合したので
今度は高山に寄り道して高山ラーメンを食べに行きました。

宝山荘を出るときに、女将さんの友人に高山のラーメンの
美味しいところを聞いてもらっていたので、そこへ行きましたが、
タイムオーバーで5分の差でアウトでしたので
自分達で少し歩き周っていたら、豆天狗を言うラーメン屋が
あり、皆で入りました。

そこのラーメンが、マジで余りに美味しいラーメンでしたので
娘夫婦も息子夫婦もお土産のラーメンを買って帰りました。
そして、高山駅前のお土産屋を見て周り、娘夫婦も息子夫婦も
親戚・友人達のお土産を買っていました。
私も親戚・友人のお土産を買いました。

高山市を後にして車は帰路に着きました。
帰りに名神高速で大津付近で全面通行止めに遭遇して
何十キロも車は混んで迂回のバイパスに入ったら
車の流れもスムーズに行きましたが
通行止めの影響で家に着いたのが深夜の1時過ぎになりました。

追記
娘が、お父さん白川郷と穂高岳と、どちらが良かったと聞いて来たので、
私は速答で穂高岳と言いました。
ホント、山々の景色は最高にキレイでした。
高山ラーメンでの豆天狗で買って帰ったラーメンはビックリするぐらいまずくって
現場で食べた味との差が月とスッポンでガッカリでした。

                                     一味01


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診察日2008年7月28日

診察の記録 2008/08/15 金
先 「どうですか?」
父 「うつの方も、だいぶ良くなってきました」
先 「どんな風に良くなってきたんですか?」
父 「・・・・・・・・・・」


答えられずに、黙り込んでしまって

先 「慌てなくていいですから、ゆっくり考えてください
   一味さん、少し緊張してるのかな?」


それでも答えられずに
私の方をチラチラみてきたけど

私 「お父さん、焦らなくていいんやから落ち着いて考えたらええやん
   前までは、どうだったん?」
父 「前は・・・ええと、えらかった・・・」


と答えるだけで、それ以上は言葉が出てこなかったので

私 「前は、不安が強くなったって言ってなかった?」

と言うと

父 「あああ!そうや。そうだった」

と思い出して、喋りだすことができました。


睡眠と耳鳴りの症状が改善されると、今度は・・・
『頭の後頭部が痛いのと首筋の辺りが痛いのが気になる。
 あとは、これさえ治ってくれたら、ええんやけどな』
と言っていました。


最近、簡単な単語が出てこない。 物の名前が出てこない。
以前ならパッと浮かんできた単語が、浮かんでこない。
立体感や距離感がとりにくくなり、仕事に影響がでてきた。


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今月の病院日

父の日記 2008/08/08 金
8月は医大に行く日が沢山あります。
外科・内科・眼科・精神科と4つの科です。

先日の8月1日の金曜日は外科の日で先月の14日にCTとPETの検査をした結果を
外科のY先生に肺癌の再発が無いか、新たに癌が無いかの診察の日でした。

ICレコーダーで先生との会話を録音した一部ですが、
呼ばれて診察室に入り。
娘:おはようございます。
私:おはようございます。
先生:はい、おはようございます。
先生:え?と、まずCTとPETの所見ですけど
   とくに再発も転移も無く順調に来てます。
先生:ちょうど、5年たちましたかね
   2003年の7月やから?ね。
娘:あっ、はい
私:はい
先生:おめでとうございます。
私:ありがとうございます
先生:とくに、おかわりないですか?
私:はい?あのぉ?無いです。
先生:普通にお仕事も、できてますか
私:いゃーちょつと、もうこの頃、仕事の方は、
  あっちの方が進んでいるので。
ここからの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・間の会話は略して

そして娘が先生に
娘:5年たったら、なんか一安心と、よく聞くんですけど。
先生:そうですね、ひとつの目標ですね。
娘:再発の可能性が無いってことは無いのですか。
先生:そうですね、まぁ?こう言う病気ですからね
   絶対と言うことは無いと言う事と
娘:はい
先生:再発、転移と言う事よりも
娘:はい
先生:いっぺん癌をしてしまったような方は、また全然違うのが出てくる
娘:あぁ??。
先生:たとえば、経過を慎重に診ているとですね、普通の方よりは定期的に  
   診ますよね。
先生:そうすると、新しい癌ができるのが見つかる事がある。
   で、普通の人は年に1回CT撮ったり、2?3ヶ月にCT撮ったりしませんよね。
   でも、やっぱり、その癌の術後は、ちやんと診ます。
   そうすると、本来ならなかなか見つからないようなものが早く見つかる事がある
   と、言うことは有りえますね。
   で、一様めどとして5年とゆう、5年をたつとですね、再発、転移が、ずいぶん少なく
   なりますから1つの目標は達成出来たと思います。
娘:はい
先生:ですけれど、まったく無いかと言われると、それはなかなか難しいんで
   これからも、ちょとずつ経過を診ていくと言うことでいいと思います。
   とりあえず、今回のCT、PETの検査の結果では、あきらかな再発、転移は
   無いと言う事でおめでとうございます。
娘:ありがとうございます。
先生:傷の痛みは気になりませんか。
私:はい、大丈夫。
先生:ちょつと、診ましょうか。
ここからの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
     ・・・・・・・・・・・・・・・・、間の会話は略して。
娘:やっぱり、一度癌になったら、なりやすいとかそう言うことも
  ありますか。
先生:えぇ?まぁ、そのぉ、癌とは遺伝子の突然変異とゆわれていますから
   おこす人は普通の人よりは又、新しいのがつきやすい?じゃないかと
   思います。  
娘:あ、そうですか。
先生:そう言う事は、普通の人よりは、おこりやすくなってる可能性が
   ありますけど、でもハッキリ言えるものではありません。
   はい、はい、とりあえず今日はですね、5年経って、えぇ、あきらかな   
   再発も転移もいけたということえを単純に喜びましょう。
娘:えぇ、へ、へぇ?ありがとうございます
私:私が癌と言うことは、私の子供もなりやすいと
先生:え、それは無いと思います。
    そんなことはたぶん、可能性と言うことはありますよ
    特定の遺伝子のものであって、日本人には少ないですたとえば家族性の胃癌とか
    家族性の大腸癌これはもうそうであれば、ほとんど成ると言うぐらい決まっている
    ことなんですけど、えぇ、たとえばお父さんが癌だから、
    うちの父親も癌ですけど、父親が胃癌で前立腺ガンですけど
    自分自身が成りやすいと言うふうな事ではないと
    それは自分自身の問題で、はい、はい、ですから、
    もちろん、さき言った家族性はありますよ
    そうでなくって体質の場合はそれほど気にする事は無いです。
    大体、日本人の三分の一の人が癌で死ぬわけですから
娘:へえ??
先生:最終的には、ど、どうであれその確立で生きていくのですから
   余り気にせんでも、まぁ癌か脳卒中か心臓病で人間は死ぬわけですから
娘はい
先生:これによって、人類は続いていくわけですから。
娘:はい
先生:それでですね、このつぎはね、ちょつと秋ぐちに顔を見せてもらいましょうか。
私:はい
娘:はい
先生:よろしいですね。
私:はい
先生:まぁ、あのぉー精神的な状況を見さして頂きたいし
   つぎはね、10月10日に来てください。
私:はい
娘:はい
先生:その時は、お顔を見せて頂くだけで結構ですから
私:はい
娘:そうですか。
先生:よろしいですね、はい、結構です、お大事にしてください
娘:ありがとうございました
私:ありがとうございました
先生:はい、お大事に。
娘:ごめんください。

振り返れば、時々だけれど、癌の再発がおきないか
自分自身の心のどこかで心配していました。
でも、Y先生の再発、移転は無いとの事で、これからも油断は禁物ですが
だいぶん安心しました。
私も、肺癌をしてからイロイロと他の病気がおきて、あっと言うまの5年間でした。

病院を出て昼食には少し早い時間でしたが、
今日は金曜日なので娘が前々から美味しいお好み焼き屋を見つけたと
言っていたので、食べに行くことにしました。

お店では、イカ玉と焼きそば大を頼んで二人でイカ玉も焼きそばも半分づつに
分けて食べました。
私がよく行くお好み焼き屋も美味しいけど、ここのお好み焼き屋も負けず劣らずに
美味しかったです。

でもここのお店は、月曜日がお休みなので私の医大の検診は外科以外は全部
月曜日だから、余り食べにいけないのが少し残念です。

                                        筝

診察日2008年7月7日

診察の記録 2008/08/03 日
前回の診察で、お薬を変更してもらってから
夜は眠れるようになったらしく
耳鳴りも、マシになってきたようで良かったです。

ただ・・・うつ症状の方は、前の薬の時よりも不安感が強くなったようで
父は、今飲んでいる薬を止めて、前に飲んでいた薬に戻してもらうつもりだと
私に言ってきました。

なので
私 「今、お父さんに合う薬を探してるところなんやから
  前の薬に戻してほしいって先生に言うんじゃなく、今の症状を先生に伝えて、
  薬を戻すか、違う薬に変えるか、先生にまかせたほうがええよ」


と説明すると納得してくれました。


先生は
先 「ああ、薬の量が少ないんですね。量を倍に増やしますね」

と言ったけれど、やはり、父は不安そうな顔をして私の方を見てきたので

私 「薬の量を増やせば、不安感はなくなりますか?
   父は、不安感が強くなったのが物凄く嫌なようで・・・」
先 「それは大丈夫だと思います。薬の量が少なかったせいだと思いますので。
   とりあえず、この薬でもう少し様子をみさせて下さい」
   

そう言われて、父はしぶしぶ 「はい」 と答えてました。

いつもは父の意思を尊重してくれる先生なのですが。


そういえば、前回の診察の時・・・

先 「じゃあ、違う薬に変えてみましょうかね。
   ただ私は、いきなり2錠飲みはじめるのは、あまり好きじゃないので
   まずは1錠から飲んで試してみて下さい」


と言われてたんだった。

私もスッカリ忘れてました。

   
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