若年性アルツハイマーと告げられて・・・。

2007年6月、父は57歳で認知症と診断されました。                        このブログは、そんな父と娘の勝手気ままな共同日記です。

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講演会

父の日記 2009/02/24 火
今年初めての1月の診察の時に私の主治医のT先生に急に講演会のことを言われました。
本当は去年の12月の初めに私に言うつもりで先生がいてたと思うんですが
私の都合でわたしに伝えられずにいたことなので急だけどしかたがないです。

一味さん2番にお入りくださいと呼ばれて
私:おめでとうございます今年もよろしくおねがいします
娘:今年も宜しくお願いします
先生:はい、宜しくお願いします
先生:ところで、チラシ見ましたか。
娘:いいえ
先生:あのね、また若年認知症のね、会をやるんです。
   7日と8日の別々の日にね。
   それでね、ちょつとお願いがあるんですけど。
   一味さんちょつと登場してもらえないかな。
   患者さん代表として。
私:あっ?えっ?患者さん代表として
先生:この7日のね、ちょつと裏側に、これが1日の予定なんだけど。
   うちの教授が話して真ん中で別の講演があって。
   昼からね。
   ここに当事者インタビューって有るでしょう。
私:はい
先生:一味さんにちょつと出場して頂いてそれでアルツハイマというのが
   ご自分でどのように辛いかと言う事をちょと話してもらったらなと
私:あ?はぁはぁ?
先生:インタビュー
私:それは、誰がすんですか?インタビューは
先生:えっと
私:先生ではないんですか
先生:私でもかまわないですけど、もしご希望があってご指名いただけるんなら私でも
私:あぁぁ   
先生:1番安心だわね、私だったらなぁ
   そのあとのシンポジウムも私やるから。
話しが長いので・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここまで飛ばして

私:まぁ?私は先生、いいです。
先生:よろしいですか、ありがとうございますご協力していただき。

先生:当日の12時までに会場に来てくれたら私が迎えにでますよ
   私の携帯の番号を教えておくから
   一味さん、タクシーで着いたら連絡してくれたら私が迎えに行きます。


本心は、私の気持ちは人前ではあがって上手く喋れないので
お断りしたい気持ちで一杯でしたがいつもお世話になっている
先生の頼みなので大げさですが、
清水寺から飛び降りたつもりで引き受けました。


そして2月7日に若年性アルツハイマーの講演会が私の県で有りました。
近県からの人達も沢山の人達が来ていました。

若年性アルツハイマーの講演会は若年認知症サポートセンター主催です
T先生は長い間、外国に行って若年性アルツハイマーの勉強をして日本に帰って
東京で何年か居て私達の県に3年前に東京から来てくれて
先生が来るまで若年性アルツハイマー病に関しての取り組みは遅れていましたが
先生が来てから若年性家族の会を作り色々と活動してる素晴しい先生です。

当日の12時までに会場に行くか、もう朝から行くか迷っていたら
息子が
息子:お父さん、もう朝から行ったほうが気も楽やろし
   ゆっくり出来ていいと思うよ。

と、言ってくれて私はお昼前に行くつもりだったが先生に午前中に行くことを伝えました。


当日の午前中には娘が迎えにこれないので前日の夜にタクシーを予約して
前日の夜は明日の事が気になりとても気持ちが落ち着かなかったです
タクシーを前夜から予約していたので8時50分にきてくれるようにしていたので
私は早くから起きて頭を洗い髪のセットしているときに

息子が来て
息子:お父さんタクシー着てるよ。
私:えっー早きたん。
私:コーヒでも持っていて。
息子:ええけど、運転手さん降りて車を拭いてるよ。
私:そうか、ほなええわ。


私は待たすのも悪いと思い急いでしたくをしました。
そして行き先を言ってから、あとは運転手さんと少し世間話しをしながら
目的地に着きました。

午前中は先生も忙しいので私の迎えは出来ないので
先生が交通費が出るのでタクシーの領収書をもらっといて
と言われてたのを私は忘れずに運転手さんに言ってもらいました。

会場は二回なのでエスカレターに乗り上がっていったら
むこうに先生の顔が見えたので挨拶にいったら
先生、喜んで喜んで、無事に来られましたかと言ってくれました。

なんせ、先生はこの講演会は一味さんが主役だからと何回も私に言ってたので
私が急に来れなくなったら先生大変なことになし先生、私をおだてて
乗せるのが上手いです。

午前10時開演でしたがタクシーが早く迎えに来てくれたお陰で
時間が余りました。
まあ遅れるよりはましですけど。

開演の時間が来たので会場に入り私は真ん中の一番後ろに座りました。
最初は私が行っている医大の教授の講演でその次は東京から来た
先生の講演をそて午前の部が終わりました。

お昼は私も娘にも弁当がでましたので
娘は仕事の都合でお昼まで仕事をして会場までは
仕事場から10分で来られるので
遅れて来たけど一緒に食べられました。

わたしの出演は13時からなので
インタビューは私の先生が聞き手でしてくれるので
私の事はよく知っている先生なので、その点ではとても安心です。

いよいよ私の出番になり先生の紹介で
私の患者さんで外来でいりしゃる方ですと紹介されて

T先生に呼ばれてひな壇に上がったとたん、頭の中は真っ白になりました。
先生の質問は私に解りやすく言ってくれてるけども、なんせ、あがってしまってる
私なもんで答えるのが正しく言えているのか解らないけど
なんとか無事に最後まで言えましたが
一瞬だけどマイクを持ってる手が震えました。

振り返れば
先生が何を質問してくるか知らないので、あらかじめ数日間の日に
アルツハイマになってからの事を色々と娘・息子・義娘・Tたちに私のどこが
どう変わったかとか話す言葉の違いとかをメモ書きして覚えましたが
なんせ、病気が病気なもんで、かんじんの事が思い出して覚えても
直ぐに忘れてしまいますので困りました。

夜は友達のTに電話して講演会で出て喋らないかんことになった事を言って
私:おまえは昔、仕事で大勢の人の前でよく喋っていたけど
  どなにしたらあがらずに話せるか教えれくれ
T:ステージに上がったら近くの人を見ずに遠くを見てそれも少し目は高め(上)に
  見てゆっくりと喋ることやわ。
私:そんなんでいけるんか自信はいわ。
T:あんたは大丈夫やは、昔あたしの仕事で大勢の人達が来た宴会で
  あんたが一緒に行ってくれた時におぼえてる。
  カラオケの時間になったとき、
  司会者が誰か歌って下さる方いませんかと言った時に   
  あんた、手あげて俺が歌ういって、大勢の人前で歌ったこと
  あたしは、覚えてるもん、だからあんたは大丈夫です。

Tには公演の日まで何回も電話してTに

T:あんたは大丈夫・あんたは大丈夫
と、まぁ?そう言ってもらって自分の気持ちを落ち着かせて楽になるようにしました。

終わったとたん、私の気持ちが何とも言えない気持ち
そう、あぁ?これでのんびり出来る肩の荷がおりた感じでした。

帰りに家まで娘が送ってくれました。
車の中では公演の話しが弾みました。
娘:お父さん上手くしゃべれたよ
私:ほんとかいな。
娘:ほんと、ほんと、あれほど喋れたら上出来やわ。
私:また、また、
娘:良かったので先生、またお父さんに講演会に出てと言うかもしれんよ。
私:それは、絶対いややな、そんなこと困るわ。

と、色々なことを娘と話しながら家まで送ってもらいました。

                                        一味01
   
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診察日2009年1月19日

診察の記録 2009/02/12 木
睡眠薬のことについて
父も気になっていたのか、自分で先生に聞いていました。

父 「だんだんと睡眠薬がキツくなっていって、
   いつかは合う薬がなくなっていくのかと心配なのですが・・・」
先 「心配しなくても大丈夫ですよ。
   このままどんどんキツくなっていくってことは、まずありませんからね」
私 「今は眠れないから薬の量が増えていくのは仕方ないと思うのですが
   例えば、今とは逆に眠れるようになって
   薬の量が減るということもあるんでしょうか?」
先 「もちろん、それもありますよ」


帰りに薬局の人にも

父 「睡眠薬が、だんだん強くなってきて最後には自分に合う薬が
   なくなってしまうんじゃないかと心配なんです」
薬 「不眠といっても、色々ありますから
   睡眠時間が少ない場合や、すぐに目が覚めてしまう場合など
   その症状に合わせて処方しますから
   薬がキツくなるというよりは、薬の種類をかえるということになると思いますよ」


以前のように、夜中によく目が覚めることはなく
夜は12時過ぎに寝て、朝6時頃に目が覚めてるって言ってたけど
私的には、そんなもんでいいんじゃないかと思うけど。

   
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